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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)159号 判決 1974年10月24日

原告 オリエンタル企業株式会社

右代表者代表取締役 斉藤喜市

右訴訟代理人弁護士 近藤三代次

右同 中津靖夫

被告 寺村伝

右訴訟代理人弁護士 佐藤富造

主文

一  被告は原告に対し、金一三五万九五〇〇円及びこれに対する昭和四九年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨の判決

2  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、原告の振出した別紙手形目録記載の約束手形(以下、「本件手形」という。)の所持人である。

2  しかしながら、本件手形は、受取人である千代田交易株式会社が斉藤茂によって、手形割引名下に詐取されたものであり、被告は、右斉藤茂から、同人が詐取した手形(いわゆるパクリ手形)であることを知りながら、本件手形を取得した悪意の取得者である。

したがって、被告が本件手形上の権利を行使することは許されず、このことは被告もよく承知していた。

3  しかるに被告は、

(1) 満期の昭和四五年一一月一〇日、株式会社北陸銀行渋谷支店を通じて、原告に対し本件手形を支払のため呈示し、

(2) 次いで、本件原告を被告として、東京地方裁判所に本件手形の手形金を請求する手形訴訟(同庁昭和四五年(手ワ)第三、二六〇号)を提起し、請求認容の仮執行宣言付手形判決に対する異議訴訟(同庁(ワ)第七〇一一四号)において、右手形判決取消、請求棄却の判決がなされても、さらに右判決に対して控訴(東京高等裁判所昭和四七年(ネ)第九四三号)を提起した。しかし、これに対しては控訴棄却の判決があり、該判決は昭和四八年一二月三一日に確定した。

4  原告は、被告の右のような違法な支払呈示や訴訟の提起、遂行により、次のとおり合計一三五万九五〇〇円の損害を受けた。

(1) 本件手形の呈示を受けた原告は、詐取を理由に被告への支払を拒絶したのであるが、右支払拒絶に伴う不渡処分を回避するために、支払場所である株式会社日本勧業銀行築地支店に異議申立手続を依頼するとともに、同支店に対し昭和四五年一一月一〇日異議申立提供金相当額の五〇〇万円を無利息で預託することを余儀なくされ、右無利息による預託の必要は控訴審判決確定の昭和四八年一二月三一日まで三年以上にわたって継続した。

このために原告は、少くとも、右五〇〇万円に対する民事法定利率年五分の割合による三年分の利息に相当する七五万円の損害を受けた。

(2) 原告は、仮執行宣言付手形判決による強制執行を免れるために(被告は、前記不渡処分回避のための異議申立金相当額の預託金返還請求権につき、東京地方裁判所昭和四五年(ヨ)第八八二〇号債権仮差押命令を得ていた。)、昭和四六年三月一日、保証として、東京法務局に一五〇万円を供託(昭和四五年度金第一六九〇一九号)したうえ、強制執行停止決定(東京地方裁判所昭和四六年(モ)第七〇三三四号)を受けることを余儀なくされ、右供託の必要性は、控訴審判決確定の昭和四八年一二月三一日まで二年一〇月間継続した。

このために原告は、少くとも右一五〇万円に対する民事法定利率年五分と供託金の利率年二分四厘の差にあたる年二分六厘の割合による利息金に相当する一〇万九五〇〇円の損害を受けた。

(3) 原告は、前記手形訴訟事件、その異議事件、控訴事件に応訴し、訴訟を遂行するためには、専門的知識を有する弁護士に訴訟委任をするほかはなく、弁護士近藤三代次、同中津靖夫に訴訟委任をして、控訴審判決言渡し後の昭和四八年一二月二〇日、右両弁護士に訴額の一割に相当する五〇万円を手数料及び謝金として支払い、これと同額の損害を受けた(ちなみに東京三弁護士会の報酬規定に従って右事件の手数料及び謝金を計算すると合計額は八八万円ないし二〇〇万円となる。)。

5  よって原告は、被告に対し、前項の損害金一三五万九五〇〇円及びこれに対する各損害発生後である昭和四九年一月二五日(訴状送達の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4のうち原告が本件手形の支払を拒絶し、異議申立提供金相当額の五〇〇万円を原告主張の銀行に預託したこと、(2)のうち原告がその主張のとおり供託をして強制執行停止決定を受けたこと、被告が原告主張の仮差押命令を得たことは認めるが、その余の事実はいずれも争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因1及び3の事実については当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によると、次のような事実が認められる。すなわち、本件手形の受取人である千代田交易株式会社は、昭和四五年八月二四日、被告の弟である寺村勍等の紹介で、斉藤茂に本件手形外一通の約束手形の割引を依頼したところ、斉藤茂は割引金支払のために交付する小切手二通が支払資金のない小切手であるにもかかわらず、支払資金のあるもののように同会社を申し欺き、その旨同会社を誤信させたうえ、手形割引名下に右二通の手形を詐取した。本件手形の振出保証人である東海観光株式会社は東京証券取引所第一部上場会社であり(この事実は公知の事実である。)、被告は、同日夜寺村勍から、電話で、被告と手形割引等の取引関係のある斉藤茂が第一部上場会社の手形を持っているが事故手形であるから扱わないでくれとの連絡も受けていたのに、同月二七日斉藤茂から本件手形を僅か一五〇万円の割引金で割引いて取得した。なお、千代田交易株式会社は同月二五日ごろ斉藤茂に対し口頭で、前記手形割引契約を、詐欺を理由として取消す旨の意思表示をした。以上の事実を認めることができ、右認定の事実によれば、被告は、本件手形が斉藤茂の詐取したいわゆるパクリ手形であることを知りながらこれを取得した悪意の取得者であり、手形上の請求権を法律上は行使できないことについても承知していたものと推認するのが相当である。

したがって、それにもかかわらず被告が敢えて行った本件手形の支払呈示及び手形金請求訴訟の提起、維持は、違法なものとして原告に対する不法行為を構成し、被告はこれによって原告に生じた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

三  そこで原告に生じた損害について判断する。

(1)  原告が本件手形の支払を拒絶し、不渡処分を回避するために支払場所である株式会社日本勧業銀行築地支店に異議申立提供金相当額の五〇〇万円を預託したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、右預託の日は昭和四五年一一月一三日であり、右預託金には利息が付せられないことが認められ、他に特段の事情の認められない本件の場合、右預託の必要性は、少くとも控訴審判決確定の日である昭和四八年一二月三一日まで継続していたものと解するのが相当である。

したがって、原告は、右五〇〇万円を無利息で預託したことにより、この五〇〇万円を昭和四五年一一月一三日から昭和四八年一二月三一日までの間他に利用したとすれば得べかりし利益を失ったものというべく、その損害額は民事法定利率年五分によって算出するのが相当であって、その額が原告主張の七五万円を下らないことは計算上明らかである。そして、右五〇〇万円は、原告が無利息と知りつつ預託したものではあるけれども、もし不渡処分がなされたときには原告に生じることが予測されるより大きな損害を避けるために原告がとった社会通念上やむをえない措置というべく、被告のなした本件手形の支払呈示と右損害との間には相当因果関係があると解せられるから、被告は右七五万円を原告に賠償する義務がある。

(2)  原告が、その主張のとおり仮執行宣言付手形判決の強制執行停止決定を受けるために、昭和四六年三月一日東京法務局に一五〇万円を供託したことは当事者間に争がなく、特段の事情の認められない本件の場合、原告は控訴審判決確定の日である昭和四八年一二月三一日まで右供託金の取戻ができなかったものと認められる。また右供託金の利息が年二分四厘の割合であり、しかも供託金受入の月と払渡の月については利息が付せられないことは供託法第三三条の定めるところである。

したがって、原告は、右一五〇万円を供託したことにより、この一五〇万円を昭和四六年三月一日から昭和四八年一二月三一日までの間他に利用したとすれば得べかりし利益を失ったものというべく、その損害額は、前同様、民事法定利率年五分によって算出するのが相当であり、原告は被告に対し、右算出額から供託によって得られる年二分四厘の利息を控除した残額について、その賠償を請求することができるのであって、その額が原告主張の一〇万九五〇〇円を下らないことは計算上明らかである。

なお、原告は、被告から仮執行宣言付手形判決に基づく強制執行を現実に受けていなくても、右判決の存在自体によって、被告からいつ強制執行を受けるかも知れないという危険にさらされるのであり、もし強制執行がなされたとすれば生じる損害を回避するために、強制執行停止決定を得ておくべく、その保証として供託をしたことによって生じた前記損害は、被告が本件手形の手形金請求訴訟を提起、維持したことと相当因果関係のある損害と考えられる(ことに本件では、前記異議申立提供金相当額の預託金の返還請求権につき債権仮差押命令を得ていたことは当事者間に争いのないところであり、これについて転付命令が発せられると原告としては回復しがたい損害を受ける虞れがあった。)。

(3)  原告が、被告の提起した前記手形金請求訴訟に応訴するため、弁護士近藤三代次、同中津靖夫に訴訟委任をして、訴訟遂行にあたらせ、控訴審判決言渡後、本訴提起前に両弁護士に対し、手形訴訟、異議訴訟及び控訴審訴訟を通じての手数料及び報酬として五〇万円を支払ったことは、≪証拠省略≫によって認めることができる。

前記手形金請求訴訟を提起せられた原告としては、敗訴判決を免れるためには、これに応訴して、本件手形が詐取手形であることにつき悪意の抗弁の主張、立証を尽さなければならなかったのであり、そのために専門的知識を有する弁護士に訴訟委任をし、弁護士費用を支出したことによって生じた損害は、被告が右訴訟を不法に提起、維持したことと相当因果関係のある損害というべく、また原告の前記支出額五〇万円は、訴額が五〇〇万円であること、手形訴訟、異議訴訟、控訴審訴訟を通じての手数料及び報酬であることを考慮すると、決して高きに失するものではないから、被告は原告に対し、右五〇万円の支出によるこれと同額の損害を賠償する義務がある。

四  以上のとおりであるから、前項(1)(2)(3)の被告が原告に賠償すべき損害額合計一三五万九五〇〇円及びこれに対する各損害発生後であり、かつ訴状送達の翌日である昭和四九年一月二五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に対して求める原告の請求は理由があり、正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

<以下省略>

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